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● 岡本太郎061217
昨年12月、生田にある岡本太郎美術館に家内と二人でいった(今年の正月に美術館にいったので、それを書きたいがそのついでに思い出したのでまずこれをかく)。そのころ、僕が、強味・力能について考えている最中だったこともあって、次のようなところが心に残った。
1.20世紀芸術の性格づけ
独立した精神の価値を顕現するのが20世紀の芸術で、それがpeinture
それまでのは、tableauで、単なる鑑賞の対象、受身。
岡本太郎の世界がもつ、独立性と能動性は、強味・力能を考えるときに、そのコアとなるエネルギーやスピリットを与えてくれる。そこから僕にとってのテークアウエイ(お持ち帰り)は、「強味・価値を顕現させる」というイメージである。
2.創作のプロセス
1)まず、こういうものをかきたい、と具体的な構想。単に、何でもいいからかきたいという一般的なものじゃなくて、具体的な衝動が出発点
ソレは、お風呂にはいっているときや、散歩しているときや、何か文章をかいているときなど、いつおきるかわからない
2)おきたらすぐにデッサンする。私(岡本)は、すごく短気。デッサンを何枚もかくうちに、かきたいものが明確になってくる。
(実際、この美術館には、完成された絵とそのもとになったデッサンが展示されているのでよくわかる。デッサンにはじめから、完成形の原型がはいっているが、あわせて、何枚目かのデッサンではじめて、完成形の絵の中心になるコンセプトがでている例もある。)
岡本さんは、この中で、書くべき絵のサイズもわかってくるという
3)今度は、色もつけて、でも、いきなり大きな絵をかかずに、慎重に絵をかいていく。そこで、ほんとうにこれだというポイントがつかめたら、その絵をすてて、本番になる大きなサイズでかいていくという。

3.樹人の像。
これは、「強味の本」(某新聞社系の新書で、夏あたりにだせればと書き進めている)につかいたい。そこは、人の生命力の根源が、そのまま人としてあらわれることを象徴。つまりエランビターユ(生命の躍動)。

4.あと、対極になるコンセプトをくみあわせて、いく手法、つまり、破壊と創造など、それは、僕がいつもペアのコンセプトを気にしているのと近い。その究極は、おそらく存在と非存在、あるいは生死にある。「2人の顔」というテーマであつかっている。

以上から、最大のテークアウエイは、デッサンの部分で、それは、僕がコンセプトを練るときのプロセスのヒントになる。僕は、コンセプト・チャートをかくとき、ぐちゃぐちゃっと、愛用の緑の小フィールドノートに、遠慮がちにかいているのだが(ほんとうは一発でパワーポイントに書きたいのだが、そこまで考えが熟さないことしばしばなので)、実はこのこちょこちょっとフィールドノートに走り書きするのが、もっとも大切な作業だろうと思えてきた。アイデアの種がちょっとでもうかんだら、すかさず、フィールドノートに手書きで、絵をかく、それも、何度もなおす、というそういう作業が大切なのだ。
自分の非力も省みず、岡本太郎に自分を重ねてみるのは、同一視以外の何ものでもない。でも、太郎のもつ解放的な力が、恥を吹き飛ばして、同一視のワクワク感にひたらせてくれる。
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【デッサン】


デッサンデッサン(Dessin)とは、物や人・現象など、目に見えるものを鉛筆もしくは木炭などを使って、紙などに描画する美術上の訓練法である。素描とも呼ばれる。描画する要素として、対象に見える明暗と陰影・色彩の差異を手がかりに、対象物の形状・質感・色味・透明感な



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