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正月休みに、家内と娘にくっついて、美術館にちょっといった。幼稚園以来、絵はまったくだめな僕だが、1昨年くらいから、突如興味をもちはじめた。千住博さんの影響が大きいが、純粋アートばかりでなく、佐藤可士和さんや深澤直人さんのように、コンサルタントが到底及ばないアーティストの直観力で企業や組織の本質を見抜いて表現するところに強く刺激されている。これから僕は、「強味のデザイン」〔個人も企業も〕をしばらく追っかけたいと思っているが、インスピレーションのもとは、アートである。
日本企業や日本人が国際的に活躍するために、言語だけでは難しいこともあって、アート的な表現(アートもどきも含めて)は、大切だと思う。
といっても、僕がいうアートは、たいしたものじゃない。この程度のものということで、さらりと紹介したい。
・大倉集古館:1月2日訪問
花鳥風月をテーマにした展示をやっていて、いくつかの作品の前で、じっくり体がとまった。
まず、2階の入り口右の狩野常信の3点セットの木と花と鳥を描いた作品。様式がうるさかったなかで、何とか新しい方法をこころみている常信の姿勢とその作品に惹かれた(常信と気やすく呼んだが、初めてこの人の作品をみた。多分)。
そして、ぐるっと見回して、最大の吸引力をもつのは速水御舟の「鯉魚(りぎょ)」の絵だった。そのクオリアは言葉で描くとすっともれてしまう。右上に白い花がちんまり配置されているのも心憎い。そのロジックを超えた説得力は、俳句的な世界のビジュアル化のようだ。
横山大観は、家内の解説によるとのんべいで、すごい多作な人だそうだが、ここでも5点を、大倉の持ち主の大倉喜八郎さんに頼まれて、その庭でささっとかいたようだ。今なら、携帯やデジカメでスナップショットをとるような感覚かもしれない。時間をかけていない絵だが、それだけに、かえって大観のセンスのよさが、はからいを通さずに、ストレートに出ている。才能のおそろしさを感じる。
僕にとって、もっとも印象的だったのは、菱田春草の「さつき」。「朦朧体」という画法らしいが、それをみていると、そのあいまいな境界にさそわれて、自分と絵の境界があいまいになり、頭の働きもあいまいになって、ふと自分の記憶が絵の中で動きだした(正月といっても、昼間は僕はしらふである)。この絵をみて、そういう感想をもつのは、痴呆の前兆なのだろうか。もともと曖昧模糊とした抽象的なことをいって悦に入る性癖をもっている僕が、仕事がら分析的なことをいい続けてきたが、ほんとうは曖昧さとの相性のほうがいいのかもしれない。

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